目の見えない判数の四柱推命
1890年代の末、
朝鮮の田舎の市。
旅芸人の一座について
市を回る、目の見えない
占い師がいた。
名前は残っていない。
人は「判数(パンス)」と呼んだ。
七つで目を失い、
十三の歳から四柱推命で
人の運を見てきた。
市が立つたび、
判数のござの前には
長い列ができた。
次の年、「当たった」と言って
米を担いで礼に来る人も
少なくなかった。
客の顔が見えない。
だから、顔色をうかがって
言い方を変えることもなかった。
1897年の春、
旅の途中で死んだ。
客とのやりとりは、一座の者が
四十五年、書きとめてきた。
最後の一枚だけが白紙のままだった。
「そこは、まだ来ない客のために
空けておけ」と判数は言っていた。
判数が死ぬと、
記録は市ごとに散った。
それを三年かけて、
一枚ずつ集め直した。
白紙の一枚は、いまも空いている。
次にそこへ書かれるのは、
あなたの問いだ。
断っておく
気休めは言わん。
数え方は、昔からの四柱推命のとおりだ。ただ「いつ」を見るところだけは、市で四十五年かけて確かめたやり方を使う。
いいことも悪いことも、出たとおりに言う。